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アドルフ バンジャマン・コンスタン (新潮文庫)

今となってはどんな話であったかもよく覚えていないくらいであるから、卒論にこの本を選んだのはもちろんコンスタンに関心があったからではない。実際、コンスタンについてはよく知らない。「アドルフ」にした理由は単純に、コンスタンと言えばこの本くらいしか知られておらず、他の著作を読む必要がないので卒論を書くのに楽であると思ったからである。少し考えればこのことが大きな間違いであることはすぐに気づくはずではあるが、当時の私にはそんなことは思いもよらなかった。「アドルフ」一冊を急いで読んだ私は、あえて「一考察」とか「一論考」とかの言葉を避けて、「アドルフについて」という出来るだけ素っ気ない題名で、原稿用紙約五十枚分の卒論を仕上げた。

コンスタンについて何も読んでいない、あるいは最初から読むつもりが無かった私は、文献学的な記述で枚数を埋めることが出来ない。あれやこれやとコンスタンに関する著作や論文を読んでいては、「アドルフ」一冊しか読まなくていいからこの作家を選んだという当初の思惑が根底から崩れてしまう。私が大学を卒業した1980年代後半といば、ポストモダン思想が華やかであったころだ。私は大好きであったロラン・バルトの「恋愛のディスクール・断章」に習いながら「アドルフ」を紐解くといった手法で卒論を進めて行った。バルトを理解していたのか、とはどうか聞かないで欲しい。浅学な私にはもとよりバルトは難しすぎるし、理解できる存在ではない。ただそうして書いた卒論は、ジェラール・ド・ネルヴァルを専門にされていたゼミの指導教授より「A」をいただくことが出来た。

パーソナルコンピューターが普及していなかったので、当然卒論は原稿用紙に手書きである。コピーも料金が現在とは比較にならないほど高かったので、取ることが出来なかった。長い年月がいつの間にか経ってしまって何を書いたのか、細かいことはほとんど覚えていない。それでも時々本屋の文庫本のコーナーへ行って新潮文庫の薄い「アドルフ」の背表紙を見ると、四畳半の狭いアパートの部屋で書いた卒論のことを思い出してしまう。あくまでも噂の域を脱しないが、「A」の卒論はずっと保管してくれると聞いたような気がする。卒業以来大学に行くことは無いが、それでも時折前を通ると門をくぐって研究室へと入り、自分の卒論がまだ残っているかどうか調べてみたくなる。稚拙で借り物だらけの内容であることは分かりきってはいるが、それでももう一度読んでみたいと思うのである。
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魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

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