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配達されない三通の手紙 野村芳太郎 (邦画 映画館鑑賞)

私は「砂の器」以降の野村芳太郎しか知らない。彼の仕事の大半を占める松竹時代の多様な作品について私は未見であるので、ここでは野村と野村の映画について何かを語ることが目的ではない。「配達されない三通の手紙」は確かに観た記憶があるが、原作がエラリー・クイーンだったこと以外はほとんど内容を覚えていない。思い出すのはこの映画の題名から連想される、家族にまつわるほんの些細なことである。

術後の経過が悪く父が二週間ほど生死の境をさまよったことは前にも書いた。交代で病院に泊まり込みで行っていた母と妹と私の三人が家で顔を合わせたのは、手術から一週間ほど経った時のことであった。押し入れの片付けをしていた母が、こんな物が見つかったと言いながら封筒に入った三通の手紙を持って来た。母と妹と私のそれぞれの名前がよく知っている父の筆跡で書かれてあった。まず母が読んだ。術後のことを予見していた訳ではないだろうが、遺書のような内容が手紙には書かれていたようだ。続いて妹も自分あての手紙を読んだ。私にも手渡されたが、意識不明とはいえまだ生きている父の手紙が本当に遺書になることを恐れた私は、封を切らずに静かに母に返した。

この時以降、この三通の手紙が家族の間で話題になったことはない。意識を回復した父が退院して家に帰って来たあとも、父は手紙について何も話さなかったし、私たちからも何も聞かなかった。父がいない場所で、母と私が手紙について話すこともなかった。そのまま20年の時間がいつの間にか流れて行った。

数年前、入院していた母が亡くなったのを追いかけるように父は突然に亡くなった。死はだんだんと前から近づいてくるのではなくて、いきなり後ろから不意をついた。毎日の日常の延長のようなあまりにも急な最期であったので、何も残さないまま父は逝ってしまった。誰もいない実家で荷物の整理をしながら、私はふとあの三通の手紙のことを思い出して探してみた。しかし母が処分したのか、返された父が自分で処分したのか、手紙はどこからも見つからなかった。何も言わずに亡くなった父の言葉を、20年前の手紙の中に見出そうとしたが、それは不可能なことであった。私はあの時に手紙を読まなかったことを後悔した。そして手紙がもう二度と配達されることの無いことに気づいて、悲しいとも寂しいとも切ないとも違う不思議な感情が私の中に湧いてきたのであった。

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No title

小説か映画のプロットになりそうなお話ですね。
安っぽい言い方ですみません。
何が書いていたかより、もう読むことができない
というお気持ちが伝わってきます。

私のことで恐縮ですが、父に続いて
去年の夏に、数年会っていなかった母を亡くしまして、
お気持ちわかるような気がします。

Re: No title

コメントありがとうございました。

手紙を読むことはもう出来ませんが、形にならない大切な物を父は多く残してくれたように思います。それらを大事にこれからも生きて行くこと、そして子供たちに伝えて行くことが私のすべき事ではないかと思っております。

お母様のこと、お悔やみ申し上げます。離れて暮らす人とのお別れ、私もつかりこ様のお気持ちが分かるような気がします。
プロフィール

魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

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