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窓際のトットちゃん 黒柳徹子 (講談社文庫)

自分でも何とかしなければいけないと思いつつ、それが無理であることも承知しているのであるが、私はどうも斜めに構えているところがあって、妙な虚栄心と反発心からヒット作品やベストセラーに対して避けて通る性癖がある。タイトルの「文庫」という言葉からも分かるように、私が「窓際のトットちゃん」を読んだのは、出版された1981年どころか、子供が読み終えた本を借りての読書であったので、ごくごく最近のことである。

あるべき教育とは何かという議論はこの本の持つ意味から離れてしまうので立ち入ることはしない。この本で黒柳が書く学校、先生、友達、家族のエピソードはどれも深いものだ。生きるということはすでに小さな子供の時から始まっているのである。黒柳が描くトモエ学園の小林先生の話を読みながら、私は自分の小学校時代のことを思い出していた。

私が通っていたのは高知市内のごく普通の市立の小学校であった。基本的に二年ごとの繰り上がり学級であったので、一年生と二年生の時は同じ女性の先生で、三年生になった時、新しく男性の先生がやって来た。今、記憶をたどってみれば40歳くらいであっただろうか、初めは何となく怖いと思ったその先生であったが、すぐに私も含めてクラス全員が馴染んでいった。この先生の変わっている所は、算数や国語などの学科は普通に授業をするのであるが、体育の時間だけは皆を連れ出してすぐ裏の山に登って相撲を取ったりするのである。三年生は5クラスあったのであるが、他の4クラスが校庭で体育をしているにもかかわらず、私のクラスだけが裏山で体育の授業をしていた。私には先生の考える意図は今持って分からないのであるが、とても楽しかったことだけははっきりと覚えている。

前述したように通常は二年間は同じ先生で繰り上がるのであるが、四年生になった時、この先生は一年きりで別の学校に転勤になった。型破りな授業のやり方が学校で問題になったのか、それとも単なる異動なのかよく分からない。ただ幼い子供心に、とても残念で寂しかったことを覚えている。私の小学校生活で一番楽しかったのは、紛れもなく三年生の時のあの一年間であった。

たまに「パリ セヴェイユ」に行った時に近くのピーコックの前へも行ってみるが、当時のトモエ学園を連想させるものは何もない。関係者による記念碑がひっそりと建てられているだけである。しかし「パリ セヴェイユ」の横の道を真っ直ぐに歩いて行くと、トットちゃんたちが肝試しをした満願寺へと着く。トットちゃんたちもこの路を歩いたのであろうか。私にもトットちゃん同じく、大好きな先生と学校があって幸せであった。現在小学校に通う子供にも大好きな先生がいる。時代が変わり、学校を取り巻く環境が変化しても、変わらずに受け継がれていく気持ちの純粋さを思うと胸の底が熱くなる。
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魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

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