スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ニューイヤーコンサート 2005 ロリン・マゼール (クラシック音楽)

早いものでロリン・マゼールが亡くなってから、もう五ヶ月近くの月日が経ってしまった。マゼールは私が誕生日を迎えた日に息を引き取った。私はマゼールと共に歳をとって行くことになる。その日新聞で訃報に接した時に感じた何とも言えない気持ちをどう表現したらいいのか、まだ私にはよく分からない。

何回もの来日公演を行ったマゼールであるが、私が生の演奏を聴いたのはただの一回、それも日本ではなくローマでだ。多くの学生が「地球の歩き方」を手にして、卒業旅行と称する就職前の海外への渡航がブームになり始めていた1980年代の後半の頃、パリで一ヶ月を過ごした後ハンガリーとオーストリアを経てローマへと到着した私は、マゼールが指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演が行われることを知り、会場へと向かった。最も危惧したチケットも拍子抜けする程、あっさりと取ることができてほっと一息つきながらわくわくする気持ちを何とか抑えて、私は椅子に座って開演を待っていた。

メインの曲目はブラームスの「交響曲第一番」だったと記憶している。ブラームスが残した四曲の交響曲の中では、二番と四番ばかり聴いており、どちらかと言えば馴染みの薄かった一番ではあるが、ウィーン・フィルの奏でる美しい響き、特に木管の何とも言えない音に酔いつつ、一番も悪くはないどころかとてもいい曲だと一人で納得しながら、異国で聴く妙な高揚感とも相まって、私はコンサートを心から楽しんだ。だがウィーン・フィルの演奏よりも印象的だったのはマゼールの指揮だ。意図的に行われるテンポの揺らしやずらし等、今まで聴いてきたブラームスとは明らかに違う演奏に、少し戸惑い、そしてかなり楽しんだ。つまり私はマゼールの挑発にまんまと乗ってしまったのだ。

数年前に亡くなった父は、普段はクラシック音楽など聴くこともなかったのだが、なぜか毎年元旦の夜にNHKで放映される「ニューイヤーコンサート」だけは楽しみにしており、マゼールが指揮した2005年のコンサートも帰省していた私と一緒に聴いていた。恒例となっている「ラデツキー行進曲」が演奏されないなど曲目の選考もマゼールらしい個性が出ていたが、演奏もまたマゼールの本領を発揮するものであった。父がどれだけ他の指揮者との演奏スタイルの違いを認識していたかは分からないが、楽しそうにTV画面を見入る父にとって「ニューイヤーコンサート」は、無事に一年を生きてきた、そしてこれからまた一年を無事に生きていくことを自分自身に問いかけ、確認するための新年の儀式のようなものであったのかもしれない。

その後も何回か父と一緒に実家で「ニューイヤーコンサート」を楽しんだのであるが、最後に聴いたのがいつであったのかはっきりと思い出せない。母の病気や子供の成長などでだんだんと帰省の回数が少なくなって行った。それでも父は正月になると誰もいない部屋で、たった一人で「ニューイヤーコンサート」を観ていたのであろうか。そんなことを考えていると急にマゼールが聴きたくなり、手元にあったベートーヴェンの「運命」のDVDをプレイヤーにセットしてみた。久しぶりに聴いたマゼールはやっぱりかなり変だ。そして最高だった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。