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イルカ・クジラ学 村山司・中原史生・森恭一 (東海大学出版会)

その日の夕刻次の約束まで時間があった私は都内の某駅で、どこにでも見かけるコーヒーショップの狭いカウンターに腰を下ろして好物の「ジャーマンドッグ」を食べながら、三島由紀夫の小説を読んでいた。三島の本を手に取るのは本当に久しぶりだ。おそらく15年以上は軽く経っているだろう。もとより私は三島の本を多く読んでいるわけではないので、三島について何かを語ることがここでの目的ではない。ただ最初の一行から最後の一行に至るまで、予めなされた完全な計算によって書かれているように思える三島の小説に以前はあまり惹かれることがなかったのであるが、年をとって多少はものの見方も変わってきたのか、改めて接した三島を小説的な意味でたいへん面白く読んでいたことは、ささやかながら忘れずに付け加えておかねばならないだろう。

しばらくは小説の中に入って読んでいたが、隣の席に誰かが腰掛ける気配を感じて顔を上げた。見たところ30歳前後の女性であろうか。女は手に持っていた「宇治抹茶ラテ」をテーブルの上に置くとゆっくりと椅子に座り、鞄から一冊の本とスマホを取り出すとこちらも机の上に置いた。私は早く三島の本に戻りたかったが、女は背中まである髪の毛を直したり、何かを調べているのかスマホの画面をタップしたりスワイプしたりでどうにも落ち着かない。しばらくすると女は満足したのかスマホを再び机の上に置くと、「宇治抹茶ラテ」をスプーンでかき混ぜそのまま一口味見をすると、スプーンをソーサーの上に戻してゆっくりと飲み始めた。私はこれで再び三島の小説に帰ることができると視線を自分の本へと返そうとしたが、その時女のテーブルの上の本の表紙が目に入ってきた。そこには「イルカ・クジラ学」と書かれてある。何と魅力的な題名だろう。私は再び隣の女が気になり始めた。

残念ながら次の約束への時間が迫って来たため、女がその本を読み始める前に私は席を立たねばならなかったが、電車に乗って次の目的地に向かう間も、用事を済ませて家に帰って来た後も、私は「イルカ・クジラ学」のことをずっと考えていた。本にはいったいどんなことが書かれてあるのだろう。そもそもイルカ学、クジラ学とは何なのか。調べてみると東海大学出版界から刊行されている。ただ目次だけを見てもイメージが沸かない。別の日に帰宅の途中に本屋へ行って調べてみたが、在庫なしであった。少し大きめの本屋へと行かなければならないのだろうか。そういうわけで私はまだこの本を実際に読んではいない。

すでに昭和初期の段階で谷崎潤一郎が明るすぎると嘆いた日本の家屋は、その後松浦寿輝が指摘したようにさらに天井が明るくなって子どもたちの心から天井裏に対する畏怖心が消えて行き、さらには集合住宅へと変わることにより天井裏そのものが無くなってしまった現在においては「屋根裏の散歩者」が跋扈する余地はほとんどなくなっている。しかし私も含めてどうして人は他人の生活や様子が気になるのであろうか。あまり感心することではないが、この時以来私は電車等で隣に座った人が本を持っていると、何を読んでいるのだろうと気になって仕方がない。不躾に覗き込むわけにもいかないし、見知らぬ他人に尋ねることができるほどの度胸もないので、結局は分からないことが多いのであるが、とても気になることは事実だ。どうしてこんなに気になり始めたのか、元はと言えば「イルカ・クジラ学」がきっかけになっていると思うのであるが、それはあの日私が読んでいた三島の本が「午後の曳航」だったということに関係しているのかもしれない。
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No title

本屋で本を物色してる女性を見るとちょっとムラムラとくるのは
私だけでしょうか(汗)。

Re: No title

> つかりこ様

コメントありがとうございます。電車の中やコーヒーショップとは違って本屋ではまだカバーが掛かっていないので、どんな本を買おうとしているのか分かり易いためか、いつも以上に隣の人が物色している本が気になってしまいます。買って行った場合は仕方がないですが、買わずに立ち去った時などいったいどんな内容だったのか、パラパラとページをめくってみたことも一度や二度ではありません。感心することではありませんが、わざわざ本屋へと足を運ぶ楽しみの一つです。

これからもよろしくお願いいたします。
プロフィール

魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

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