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ありがとうございました

区切りのいい日と回数が来るのを待っていた訳では決してないのだが、2017年も終わろうとしている最後の日に、300回という自分にとってはいささか長く続いたブログを一旦閉じようと思う。さしたる理由もなく始めたブログであるので、止めるにあたっても特別な理由があるわけではない。「大好きなもの」という題名にある通り、本来は好きなことを極めて個人的に書き連ねるだけの内容であったものが、いつからか自分の中に芽生えた妙な気持ちの扱いに苦慮するようになった。

それは例えば、松田聖子の「P・R・E・S・E・N・T」の記事を書くときに、彼女のアルバムを全部聴いてから書かなければいけないのだろうかとか、最近のスピルバーグの映画を一本も観ていない自分が「激突!」の話を書いていいのだろうか、全部とは言わないまでも少なくても80%くらいは観てから取り上げるべきではないのだろうか、とか言った類の事である。もとより浅学である私は、そんなに多くの本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いているわけではない。どれもつまみ食い程度に、面白うそうな所を選んで食べ散らかして来ただけだ。大好きなものを書くために調べたりすることで、大好きなものが大好きでなくなるような気がしてきたのである。もちろんこれは自分の怠惰をただ言い訳に置き換えているだけに過ぎないのであるが、取り上げるべきものも前ほどは思い浮かばなくなった今が、ブログを止める潮時だと考えた。

そうは言っても書いておきたかったことはまだ幾つかある。それらはほとんど全て私の中で大好きと言う思い入れが強すぎて自分の中で消化し切れておらず、言葉にまで至らなかったものであるが、思いつくままに挙げればジャン=リュック・ゴダールについてはきちんと書くべきであっただろうし、太宰治についても同じである。大好きであるが故にどういう風に接していいのか分からなくなりかけている故郷高知についても、きちんとけりをつけておくべきだったかもしれない。ただはっきりとしているのは、これらを深く愛するという気持ちはこれからも変わることはないだろう。

画像は使用せずに文字だけで書く。リンクは貼らない等、私が読む人のことは全く考えずに決めたルールで非常に見辛いブログであったにも拘わらず、定期的に訪問をしていただいた方への感謝はここでは書ききれない。いろんなことを教えていただいた。非常に楽しかった。それだけでブログを始めてよかったと思った。いつの日か書ききれなかったことが自分の内部で文字という形となった時、またブログを始めるだろう。同じ題名にするか、違う題名にするかは別として。その時は書き残したゴダールや太宰に加えて、大好きな福永武彦の「草の花」や、映画において戦う強い女はなぜタンクトップなのかに関する考察も、谷崎潤一郎が言う「強さと美しさは同居する」と絡めて書いてみたいと思っている。我がままであることを承知の上でのお願いとなるが、その時は真っ先に読んでいただきたい。
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パルジファル ワーグナー (クラシック音楽 ドイツオペラ)

会社という組織の中でまだまだ下っ端であった当事の私に、下っ端の現実は今でも全く変わらないのであるが、海外出張の日程を自分の好きなように決めることはほとんど不可能であった。それを考えればイースターの日にミュンヘンにいて「パルジファル」を観ることが出来たのは、偶然という言葉では片付けたくない非常に幸運な何かであったと思う。1998年4月12日のことである。

午後5時の公演開始までの時間をどうやって過ごしていたのか、今となっては記憶が無い。「アルテ・ピナコテーク」へでも行っていたのか、それともマリエンプラッツあたりをぶらぶらしていたのか。ただ日曜日なのになぜ長いワーグナーの楽劇を夕方の遅い時間から始めるのか、日本だったら午後2時くらいからが普通ではないかと考えていたことは、なぜだか少し覚えている。とにかく開演に時間になり、私はわくわくしながらバイエルン州立歌劇場へと向かった。

ターザンの様にパルジファルが登場するなどペーター・コンヴィチュニーの演出は一見奇を衒ったもののようにも取ることが出来るが、劇としての本質を的確に炙り出して行く。無難でつまらない指揮者という印象しかなかった当事の音楽監督であったペーター・シュナイダーには、その素晴らしい指揮に心の中で何度も誤解を詫びながら、私は目も耳も、身も心もワーグナーに委ねた。ここでは幕間の長い休憩時間もオペラの一部だ。日本では決して味わうことのできない独特の時間が流れている。終演はゆうに午後10時を回っており、ぐったりとしてはいたが、こんなに心地よい疲労感は初めてのことであった。

終わった後はUバーンに乗ってミュンヘン中央駅近くに取ったホテルへと戻る。その前に、夜の11時近くに開いているレストランは少ないので、前にも来たことがある「ヴィナーヴァルト」へ行って遅い夕食を取る。ヴァイスビアを飲んでも興奮が収まらない。誰かとこの気持ちを分かちたいが、残念ながら今日も猫はいないようだ。それにしてもワーグナーは、音楽的にも内容的にも崇高の極みに達した「パルジファル」の後、どこへ行こうとしていたのだろう。ビールを飲みながらそんなことをひとり夜遅いミュンヘンで考えていた。

欧州各地では、今日も「パルジファル」が演奏されるだろう。20年ほど前に「ヴィナーヴァルト」で自分に発した疑問は、いまだに答えが見つかっていない。ちなみに私がワーグナーの楽劇を日本以外で観たのは、この時一回きりである。

すぬおの日記 (番外編 その3)

マカロン事件
                                     すぬお作

レナはマカロンが大好き。ママのお供で行ったケーキ屋で初めて食べたときから、一瞬で好きになりました。マカロンにはたくさんの種類があります。赤い色をしたフランボワーズや、黄色のレモン、それに緑色をしたピスターシュ。でもレナが一番好きなのは、やっぱり茶色のチョコレートマカロン。甘くて、ちょっぴり苦くて最高です。

「レナ、おかえり」
「ただいま」
「きょうのおやつは、マカロン堂で買ってきたビッグチョコレートマカロンよ」
「えっ、本当? うれしい!」
マカロン堂は、最近レナの家の近くにできたマカロンの専門店。たくさんの種類のマカロンがきれいにショーケースに並んでいます。どれもとっても美味しくて、さらにうれしいのは、それぞれのマカロンにドラ焼きほどの大きさのビッグサイズがあることです。マカロンは大好きだけどすぐに食べ終わってしまうので、もう少し大きなマカロンが売っていないかなあ、といつも思っていたレナにはぴったりです。
テーブルの上のお皿には、半分ほどナプキンがかかった茶色のマカロンが見えています。
「わあい、マカロン、マカロン」
「レナ、手洗いとうがいは終わった?」
洗面所からママの声が聞こえて来ました。
「はあい」
レナは急いで洗面台へ行き、ママの隣で手洗いとうがいを済ませると、ママと一緒にリビングへ帰って来ました。
「さあ、食べよう」
椅子に座ってお皿をみると、ナプキンは見当たりません。そしてマカロンを見た瞬間、レナは大きな声で叫んでしまいました。
「誰かが私のマカロンかじってる!」 
マカロンにはくっきりと一口かんだ歯形がついていました。
「どこかでこの歯形、見たことがあるような気がする。そうだ、同じ歯形を見つければ、きっと私の大事なマカロンを食べた犯人がわかるはずだわ」
レナはマカロンの上に残された歯形をしっかりと覚えて、手には板ガムを持って犯人探しに出かけることにしました。

まずは家で飼っている犬のオニオン。
「ねえオニオン、私のマカロン食べなかった?」
「ううん、食べてない」
「それじゃ、ここをかんで歯形をつけて」
レナはポケットから板ガムを出しました。
「がぶっ」
「ううん、ちょっと違うみたい」
犯人はオニオンではないようです。

次は近所の満月池のぬしの亀吉さん。
「ねえ亀吉さん、私のマカロン食べなかった?」
「いいや、食べとらん」
「それじゃ、ここをかんで歯形をつけて」
レナはポケットから板ガムを出しました。
「がぶっ」
「ううん、ちょっと違うみたい」
犯人は亀吉さんでもないようです。

じゃその次は、ねこ王国のフェルディナンド大王さま。
「ねえ大王さま、私のマカロン食べなかった?」
「わしは食べてはおらんぞ」
「それじゃ、ここをかんで歯形をつけて」
レナはポケットから板ガムを出しました。
「がぶっ」
「ううん、ちょっと違うみたい」
犯人は大王さまでもないようです。

最後は、いたずらカラスの虎太郎。
「ねえ虎太郎、私のマカロン食べなかった?」
「ううん、食べてない」
「それじゃ、ここをかんで歯形をつけて」
レナはポケットから板ガムを出しました。
「がぶっ」
「ううん、ちょっと違うみたい」
犯人は虎太郎でもないようです。

レナはガムについた歯形をもう一度全部確かめましたが、マカロンについていた歯形とは違っています。
「いったい誰が、私のマカロンを食べたのだかしら?」
レナは家へ帰ることにしました。

「おかえり、レナ。どこへ行っていたの?」
「うん、ちょっと」
「大好きなビッグチョコレートマカロンを出そうと思ったら、もういないんですもの」
「えっ!」
お母さんの手には、真っ白いお皿にのった大きな茶色のマカロンがありました。
「それじゃ、あのかじったあとがあるビッグマカロンは?」
「ああ、あれはお母さんお食べかけのコーヒーマカロンよ」
お母さんは笑いながら答えました。
「あんまり美味しそうだったので、味見にひと口かじったときにちょうどレナが帰って来たの」
「うん」
「レナと一緒に食べようと思って、かじった所にナプキンをかぶせて洗面台に行ったんだけど、帰って来たときにはナプキンは風で飛んでしまってたみたい」
「ええっ」
「そのあと、チョコレートマカロンを冷蔵庫に取りに行って帰ってきたら、レナもういないんですもの」
「そうか、どこかで見たことがあると思ったら、あれはママの歯形だったんだ」 
レナは心の中で言いました。そして、みんなを疑ったしまって、悪いことをしたなと思いました。
「オニオン、亀吉さん、大王さま、それに虎太郎、ごめんなさい」
「さあ、食べましょう。ミルクも入れたわ」
「はあい」
レナは大きく口をあけてビッグチョコレートマカロンをかじりました。
「やっぱり、おいしい」
マカロンにはレナの歯形が大きく残っています。
「そうだこれから、みんなに残りの半分を持ってあやまりに行こう」
レナは立ち上がると、大事そうにマカロンを袋に入れて、オニオン、亀吉さん、大王さま、虎太郎のところへ出かけて行きました。

                                                                おしまい

映画館という特異な空間では、時間が伸び縮みしているのであろうか

携帯電話が普及するずっと以前から、私は腕時計をする習慣がない。待ち合わせの場合など時間が分からなくて苦労しそうなものだが、意外と街には至るところに時計が溢れていて、実際には困った記憶がない。それゆえ私は映画館へ行く時も、昔から両腕には何も付けないままで行くので、上映中に時間を確認することがない。

映画館の中は完全に切り取られた空間だ。開演を知らせるブザーが鳴り、照明が落ちて暗くなって映画が始まった瞬間、そこは別世界となる。外界から隔離された場所で、たまたま偶然そこに居合わせた観客たちは、それぞれの方法で映画を楽しむ。至福の時間が始まり、そして終わる。劇場で映画を観る時、私はその絶対的な時間よりも長く感じてしまう事が多々ある。定量的な物差しよりも、感覚的な物差しが勝ってしまうのだろうか、70分、80分の映画が、時として2時間近くにも感じてしまう。これは特に日本映画が元気であったころの、いわゆるプログラムピクチャーとして作られた邦画を観た場合に多い。終わった後はかなり疲れているが、それはとても気持ちのよいものである。

逆に家でBru-rayもしくはDVDでTVドラマ出身の監督が撮った映画を観る時は、上映時間に対して短く感じてしまう事が多い。2時間の映画が、90分くらいに思えてしまうのである。これは面白いから短く感じるのではない。全てを台詞で説明してしまう余情のない脚本、決まった所で予想通り挿入される工夫のない音楽、平凡で面白みのないカメラワーク、ドラマを創出できない表面的な人物造形と演出など、映画としての薄さが私に時間を短く感じさせるのだ。

私は劇場で観る、映画のいっぱい詰まった作品が大好きである。実際の上映時間以上に心地よい疲労感を与えてくれる映画。長い映画であるにもかかわらず、もう終わってしまうのかと残念な気持ちとなり、ずっと観ていたいと願う映画。四角に切り取られた真っ暗な空間に座っている私の中では、時間は物理的な規則には従わず自由に伸び縮みをしている。そんな体験を何回でも味わいたくて、私は今日もまた映画館へと足を運んでしまうのである。

アンカーバター

日本と中国を結ぶ近距離線では機内食も一種類だけのことがほとんどで選択の余地がないが、例えば台湾線のように洋食と和食から選ぶことが出来る場合は、高い確率で洋食を頼んでしまう。はっきり言って内容に大きな差があるわけではないが、トレーの上にちょっこと付いてくるアンカーバターが大好きだからだ。以前は別のメーカーのバターだった日系の航空会社も、最近はアンカーバターを使っている。このわずか7gのバターに、私は飛行中大きな幸せを感じるのである。

普段家では有塩のカルピス特選バターを使っている。まろやかな風味ではあるが、しっかりと牛乳の味がしてたいへん美味しく、このバター以外は考えられないほど満足してはいるが、トーストではなく少し味の強いパンに塗ると負けてしまうことがある。そんな時は、色からして全く違う、濃厚で力強い味のアンカーバターを思い出してしまうのである。

飛行機の中だけではなく、海外のホテルでは朝食でもよく見かける青地に赤でAnchorと書かれた小分けタイプのものであるが、不思議なことに日本ではホテルで朝食を食べても見かけることがない。いや小分けタイプだけではなく大きいサイズのものも、スーパーはおろか輸入食品店でも置いてあるのを見たことがない。通販で調べてみても5kgの業務用しか見つけることが出来ない。日本を一歩出ればごく普通にあるアンカーバターが、いくら探してもない。

こうなると大変である。読むことが出来ない本ほど読みたくなるし、観ることが出来ない映画ほど観たくなることと同じで、時々無性にアンカーバターが食べたくて食べたくて仕方がなくなることがある。実は前回中国へ行った時に泊まったホテルから持ち帰った小分けタイプのアンカーバターが二個、冷蔵庫に入っている。だが14gはわずかな量で一回分だ。これを食べきってしまうともうしばらくは手に入りそうにない。性格的に貧乏性の私は、ハードタイプのパンを買って来た時など、冷蔵庫を開け閉めしながら食べようかどうしようか、唸りながら迷っているのである。
プロフィール

魔笛

Author:魔笛
大好きなものを綴った日記です

映画:ハリウッド映画からピンク映画まで
本:ジャンルを問わず小説が中心
食べ物:フランス料理とイタリア料理が好物
旅行:なかなか行けませんが欧州とアジアが好き

大好きなものを語る場合、時として辛口になることもありますが、愛情の裏返しということでご容赦下さい。また文中敬称略であることもご勘弁願います

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